若いころ、「まだお若いですからね」という理由で、なにかとやりにくいことが多かった。
十分もうお若くなくなって、さてこれからと思ったら、「もう年じゃないですか」などと言われそうだ。そんな思いをなさっている50代、60代の方も多いのではないだろうか。
最近、「若くないといけない」というようなムードが日本全体をおおっている。かつては、経験不足を理由に若さが一律に退けられたと思ったら、今度は正反対に、年寄りは早々に引退しろという世論にシフトした。相変わらず、日本に特徴的な直線的な思考回路にはまっている。
能力不足の年輩者が、ただ単に組織の中での年功序列で若手を阻むのは弊害だ。しかし、すべての年輩者を「ただ年だから」という理由で拒むのは、「若いから」という理由で能力ある若年を拒否するのと同じ思考回路の産物だ。そのことに気づく必要がある。
組織で生きてきたかどうかとは別に、自分の技術、知恵を生かして年を重ねてきた方の中には、年だからといって引退してほしくない方が多い。
医師の日野原重明先生はいうまでもないが、有名でなくとも地道ないい研究を重ねてきた学者は多く、そうした方にはできうる限り研究や後輩の指導を続けてほしいのに、「年輩者一律引退」ムードで厳しい状況だ。
やめることが潔いような雰囲気になっているが、人間国宝の方はほぼみな高齢だ。「多様性」という言葉があるが、日本では本音のところで実行できない。一律な年寄り引退説てなく、熟練した年輩者が活躍できる場をなくさないでほしい。若くなければ出来ないこともあるが、年をとらねば出来ないことももっとたくさんある。能力不足という理由でなく、年だから、という理由で人を決めつけレッテルをはるのをやめ、より柔軟な思考をとることが必要だろう。