昨年の暮れ、タクシーに乗った時のこと。東北出身の運転手さんが、「今度の正月は田舎に帰れません。売り上げが悪くて」と話していた。でも、運転手さんの表情はちっとも暗くない。

「田舎にかわいい奥さんがいるんですよ」と自然に言うので、微笑みがこぼれた。思わず、「結婚して何年なんですか」と聞いたら、「20年です」との答えが返ってきた。子供が3人いて、お金がかかるから、家に帰らず東京で仕事をするのだという。きっと温かい家庭なんだろうなあと想像し、20年たっても妻をかわいい奥さんと言えるなんて、いいなあと思った。

 不況の時代、経済状態が悪くなって家族の仲がぎくしゃくする家庭も多い。アメリカでは、経済状態が悪くなると低所得層で家庭内暴力が増えるケースもある。

 お正月を家族そろってむかえられないのはさみしいだろう。しかし、不在だからこそ相手の大切さをよりしみじみと感じることもあるだろう。いつもいる相手だと当たり前になってしまうのは、人の常である。いないからこそ感じられる相手のよさに気づき、それを味わえるのは、幸せの資質をもっている人だろうと思う。

 世間一般のものさしでいえば、売り上げをあげるのがよいことで、売り上げをあげれないのはよくないこと、みっともないことになる。正月に家に帰れないのをだらしない、なんていう人もいるだろう。

 一方、20年一緒にいる妻をかわいいと感じ、正月に一人で働くことに不平不満ではなく、子供の成長を楽しみにして仕送りできるのは、「幸せの資質」のものさしだ。目にみえないそうしたものさしをもった人は、自分だけでなく周囲をも幸せにする。もうあれからしばらくたったが、タクシーをおりた時の温かい気分は、今も私の中に続いている。いい年でありますように、と心からそう願う。