”Yahoo!JAPAN 映画”より引用
時々映画の評論を頼まれることがあります。
映画評論というより、映画の中の心理解説みたいなことです。従って持ち込まれる映画は事件がらみとか、診療の延長のようなもの。これはかなり疲れます。なので個人的に観る映画は「血が出るものはみない・事件がらみはNG・戦争物は見ない・動物やひとがひどい目にあうのは観ない」という条件のなかで選びます。
たまには、これはみなくちゃ、という映画で血が流れるシーンがあるときなどは、目をつぶって耐えることにしています。仕事場では血を避けることはできないので平気ですが、私生活は別なんです。 映画は幸せな気持ちにさせてくれるものや見終わった後、森の中を駆け抜けたような気分にさせてくれるものをみたい、というのが私の思いです。
ご紹介したいのは「月の輝く夜に」 1987年. 監督:ノーマン・ジュイソン 音楽:ディック・ハイマン 出演:シェール ・ニコラス・ケイジ・ オリンピア・デュカキス 製作国:アメリカ合衆国
さて昔、神様が人間を作った時頭は二つで二つの顔が左右別の方向を向いていたという話を聞いたことがあります。ところがすぐに人間は神様と力を競い合うようになり、困った神様は人間を二つに分けてしまった。そのために人は自分の片割れを求めてさまようようになった、というお話です。これが恋の始まり。 恋は自分の片割れを求めるもの、というわけです。
「月の輝く夜に」の主人公、ロレッタ(シェール)はNYのリトル・イタリー地区に住むイタリアからの移民家族の娘で37歳。夫の死後葬儀屋に勤め経済を考え生活設計をしているしっかり者。化粧もせず、無駄つかいなどしないという女性です。彼女に求婚したのが幼馴染のジョニー。ロレッタは気は進まないものの将来の安定を考えて結婚することに決めるのです。ところがジョニーはシシリー島に住む病気の母親に結婚報告に行くために帰郷。そしてロレッタに長く仲たがいして疎遠になっている弟のロニー(ニコラス・ケイジ)に結婚式に来るように伝えることを依頼します。
ロレッタはパン工場で働くロニ―に会いに行くんですが、ロニ―は兄が原因になった事故で手を切り落とし義手になったとロレッタにあたり散らすのです。同情したロレッタはロニーの家に行き夕食を作るのですがロニーはテーブルをひっくり返しロレッタを抱き寄せキスをするのです。ロレッタもまたそれにこたえて彼を激しく抱きしめます。
恋は瞬間的、自分の片割れを見つけたとき引き合う磁石のような瞬間です。翌朝ロレッタは自戒の思いで沈み込むのでロニーは一度彼女とオペラを観に行くことができればあきらめる、と伝えます。 ロレッタも同意し最後のデートに向けて髪を染めメイクをし、ドレスを着て翌日の夜メトロポリタン劇場に向かいます。
リンカーンセンターの噴水の前で二人が出会うシーンは「ワオ、最高!」です。別人のようなロレッタを見つけたときのロニーの表情が素晴らしい。そして”You are beautifui”とつぶやくのですがいいなあ、こんなこと言われたことないなあ、とか思ったりします。
劇場のクロークでコートを預けロレッタのすべすべのデコルテを見つめるニコラス・ケイジの眼が印象的。ニコラス・ケイジという人、美男子だとは思わないのですが映画の中で演じているときは何でこんなに魅力があるんだろうとおもってしまいます。
この映画では音楽が一つ一つのシーンに特別な彩を添えています。NYのリトルイタリーの庶民的な雰囲気をカンツォーネで表現し、ロレッタとロニーの恋のシーンにはオペラが流れます。ラボエームが流れるとラブシーンがゴージャスになるから不思議。
随所に印象的に使われる「月」。太陽が人の意識を象徴するなら月は人の無意識を照らす光かもしれません。その光に照らされると自分の中に眠っている「自分の片割れ」を見つける旅が始まるのかもしれない。しばしいい気分に浸るにはぴったりの映画です。